【医薬最前線】第1部 ドラッグ・ラグの行方(4)“ワクチン後進国”脱却へ(産経新聞)

 「ドラッグ・ラグ」になぞって、「ワクチン・ラグ」という言葉がある。海外で使えるワクチンが、日本では承認されない状態を表現するとともに、日本のワクチン行政そのものの20年にもわたる停滞を指摘する言葉だ。

 新型インフルエンザが日本で本格的に流行し始めた昨年8月20日。衆院選で遊説中だった舛添要一厚生労働相=当時=に、厚労省幹部から電話が入った。「大臣。約4千万人分のワクチンを輸入したいのですが」。国産のワクチン生産能力は1800万人分しかない。輸入が必要だった。

 舛添厚労相は「あと2割余分に積もう」と指示した。余裕をもって備えたいとの判断だった。かくして1126億円をかけて4950万人分のワクチンが、あたふたと緊急輸入されることになった。

 だが、厚生労働省がワクチン輸入を承認したのは1月20日。すでに海外では先立つこと3カ月、昨年10月末に同一ワクチンは承認されていた。

 結果的に11月末には流行が下火になったため、大量のワクチンが余ることにはなったが、厚労省には3カ月をかけ、ワクチンの日本人での効果と安全性を確かめるための臨床試験が必要だった。

 北海道大の喜田(きだ)宏教授(微生物学)は「問題の本質は、なぜ輸入しなければいけなかったのかということ。日本のワクチン行政は20年間停滞していた。それが今回、浮き彫りとなった」と指摘する。

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 「ワクチン後進国」。日本の脆弱(ぜいじゃく)なワクチン行政はしばしばこういわれてきた。

 厚労省によると、平成20年までの20年間で、米国では21種類の新たなワクチンが承認されたが、日本はわずか4種類。

 顕著な例が「不活化ポリオ(小児まひ)ワクチン」。米国では昭和62年から使われているが、23年たった今も国内では未承認だ。

 昨年承認された小児用肺炎球菌ワクチンは米国の9年遅れ。ラグが3年と比較的短かった子宮頸(けい)がん予防ワクチンも、世界的には99番目という遅さだった。

 薬害エイズなど、厚労省には薬の安全性をめぐる苦い過去がある。その経験が、新薬の承認を慎重なものにさせてきた。

 ワクチン行政に関しても同じ。喜田教授は「批判を恐れすぎてきた」という。

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 ワクチン行政が停滞するきっかけは昭和63年に承認された麻疹(ましん)、風疹(ふうしん)、おたふく風邪を予防する「新三種混合(MMR)ワクチン」だ。接種者の中で1千人以上が髄膜炎を発症する副作用が出て、3人が死亡。ワクチン全体に対する不信が高まり、以降、インフルワクチンの接種率も低迷した。

 接種率が下がればメーカーにとっては市場としての魅力が薄れる。武田薬品工業が平成6年にインフルワクチン事業から撤退。現在、国内では中小の4社が製造するのみだ。海外で主流の、ワクチン大量生産のための技術も未熟。新型インフルが発生し、ワクチンを輸入に頼らざるを得なかったのも必然といえる。

 しかし、新型インフルを機に、ワクチンの必要性を多くの人が認識した。

 厚労省も昨年末、専門家などによる予防接種部会を新設。“ワクチン後進国”からの脱却を図ろうとしている。初会合で厚労省の上田博三健康局長はワクチン行政の遅れを認めた上で「不退転の気持ちで大改革に取り組みたい」と宣言した。

 行政の姿勢が追い風となり第一三共、武田薬品工業といった大手製薬会社もインフルワクチン製造参入に動き始めた。

 ワクチンに詳しい三重病院の庵原(いはら)俊昭院長は「ワクチンには将来の病気を予防し医療費を抑える効果がある。安全性を担保しつつ、行政がどれだけ予防医療を前向きにとらえるかが問われている」と話している。

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